ひょうたんブーム

 17歳頃のことである。私たち友人間でひょうたんブームがあった。
小泉文夫NHKFMの放送やレジデンツなどのせいで、私は民族音楽に興味があった。キングレコードから出ていた小泉監修のシリーズの「タンザニアの音楽」にはひょうたんを共鳴体とした弦楽器や大小ひょうたんを連結したトランペットが聴けたりして、巨大なアフリカのひょうたんにうっとりした。真夏の宵にゼゼ・カンバ・クミの音色は心地よく愛聴したレコードだった。
時を同じくして親友Tがパット・メセニーを観にいった。「ひょうたんの変な楽器を演奏する変な奴がスゲー面白かった!」ナナ・ヴァスコンセロスである。
私たちは未知の楽器ビリンバウに憧れた。
学校の帰り道横浜駅近辺の輸入レコード屋(すみやだったかな?)に行くとヴァスコンセロスの「サウダージ」が売っていた。
Tは欲しいが1000円しか持ってねぇ、と嘆くので残りを貸してあげた。「俺、生まれて初めて他人から金借りたよ」
ヴァスコンセロスのレコードを聴いて、私たちは猛烈にビリンバウが欲しくなった。
ビリンバウは単純な楽器だ。ピアノ線と棒があれば作れる。
ピアノ線は米が浜の湘南女子のはす向かいの問屋に売っている。ひょうたんはどこかにないものか。日本製は小さいがあのひょうきんな形のひょうたんが無性に欲しくなった。どこかに生っていないものか。
Iが通学の車窓でひょうたんがぶらさがっている庭を発見。一緒に電車に乗ると確かに青いがひょうたんがぶらさがってるのが走り去る一瞬の残像で見えた。
古道具屋にないものか。ひさご(ひょうたんの水筒)があるかもしれない。
しかしそう簡単には見つからない。どぶ板近くの古道具屋に行くと、天上から大きな楕円形の肌色の実がぶら下がっていた。でかい!民芸品のようで色が塗られたりしている。戦慄した。聞けば、かんぴょうの実だそうだ。
かんぴょう・・・ひょうたんの親戚なのか?高かったのか買わなかったがしばらく呆然と見つめに行った。
そうこうしているうちに親類関係だったか忘れたが、ようやくひょうたんが手に入った。
楽器には小ぶりだったので、ひさごにしようと、匂いを消すのに日本酒を入れたりして洗い、表に干しておいたら誰かが持っていってしまった。
まさか盗る奴がいるとは!ひょうたんは他の誰かにも人気があったのか?
今思えばあの時盗られてよかった。
ひさごができたら水筒にして腰にぶら下げ携帯しようと思っていたのだった。
やらなくてよかった。大馬鹿者だ。

だが、唐突に思いは実現する。
Tが何と渋谷のヤマハでビリンバウを購入したのだった。音はジャカジャカと軽く、現物は想像以上だった。
表面はつるつるして親父のハゲ頭のようで、中はスカスカの夏みかんの皮が乾いたものと発泡スチロールが合体したような感じだった。
うらやましい。残念なことに店頭にひとつしかなく、それが正式にはサンバなんか(カポエイラ)の演奏に使われるものだとそのとき知った。
南米、ラテン。
ラテン・パーカション。
今度はIが経堂のミュージックショップ和田でビリンバウ購入。もう1本あるというではないか!
求めれば与えられん。ついに自分の番だ。
土曜日の半ドン京急の定期で私たちは連絡改札をまんまと2つ通過した。
学生の定期券など切符切りは見ちゃいない。小田急線経堂駅に着き改札を通過した瞬間、切符切りが立ち上がった。猛ダッシュで走った。
捕まったら停学だ。ビリンバウどころじゃない!

念願のビリンバウはひょうたんが硬めで、2人のものと比べるとイマイチ鳴りが悪かった。ジャカジャカ鳴らないのだ。
だが、その無骨な形に満足した。
何とか鳴りを良くしようと、ひょうたんの肉厚を薄くすればいいのではないかと内部を彫刻刀で削ったりしたがまったく効果はなかった。3人は「ビリンバウ三本会」と集いを名づけ、瀬谷の友人の会社の資材置き場や円海山でセッションした。焚き火を背景にビリンバウを3本並べ写真を撮る。「渋いなぁ!」
3人揃ってヴァスコンセロスのようにひょうたんの表面をスティックでしゅるしゅる擦ったりした。
これがやりたかったのだ!
三本会の帰り道、ビリンバウは生のまま肩にかけて歩いていた。
平坂書房にSFの文庫本を買いにいくときもそのままで、女店員が怪訝そうに私を見ていた。見るとどぶ板のキャバレーが解体されるときにフリー・ジャズのライヴがあったが、そのときのチケットを売っている人だった。
何だかビリンバウを持ってる自分が誇らしい気分だった。
家ではザッパの「ジョーのガレージ2&3」のレゲエに合わせて叩いたりしていた。
卒業アルバムの私の写真はビリンバウをかまえて写っている。

その頃のIの暑中見舞いにはナンセンスな俳句が書かれていた。  


ビリンバウ 今宵は満月 落とし穴


何のこっちゃ。
私たちの学生時代にはひょうたん、ビリンバウは懐かしいかかせないアイテムだった。

ずっと後になって、TV番組でビリンバウがちょっと特集された。
何とビリンバウの木は満月の夜に切り出しに行くのだというではないか!
害虫が満月の夜は明るくて木に寄らないのだそうだ。

Iの俳句を思い出し笑い転げた。