鈴木 學・オーバーホール

技術者は凄い。しっかりした基礎学習があるからだろう、論理の破綻した比喩を使ってもこちらの意図をしっかり受け止めてくれる。
今井和雄トリオの鈴木學もその筋の方だ。
それだけでなく、彼は紛れもない演奏家だ。今井トリオの「Blood」のDVDで団扇をパタパタ扇ぎながら演奏している姿を観て不思議に思った方もいるだろう。
彼は電気的に見たら不安定な動きを信号変換することに興味があるようだ。それを電子音声合成するその機械自体が作品だと考えてもいいだろう。彼にしたら混乱した比喩など楽々と論理に変換できる。
私たちは電子楽器の中身がどんなふうになっているのかを知らない。ギターやサックスならいじったことがなくても演奏の評価ができるような気がするが、シンセサイザーのようなものの場合、鍵盤楽器として以外のテクニック、たとえば、信号合成の技のようなものへの、誰もが理解しうる評価は難しい。
ここには哲学の主観客観問題にも似たギャップがある。
つまり音楽愛好家にはシンセサイザーの音は、その音色がすべてであり感覚的にしか捉えられない。
しかし技術者にはむしろ単純すぎるほどの仕組みがそこに読み取れる。
専門知識を知る者には愛好家の感覚的な感動に戸惑ってしまうのである。
もっと硬い音にしてくれ、といわれてもどうしていい困ってしまうのである。
愛好家にとってシンセはブラックボックスなのだ。
論理合成器に対し、形容詞未満の未熟な音色表現でしか太刀打ちできない。
逆に技術者にとって、愛好家の感覚世界はブラックボックスなのかもしれない。
眉間を八の字に口をへの字にしてうなづくしか術がない。

専門家と素人の間のこのようなギャップは当たり前のことかもしれない。
バッハの楽譜に熱く語る指揮者たちや、物理学者や哲学者が白熱して語るのはそこに専門知識があるからだ。
しかしシンセのような楽器の場合、感覚的聴取が観客へのアウトプットになったままのようである。
まれに図形楽譜の類を見せて理解させるものもあるがあったり、パルメジャーニやシオンのようなエレクトロアコースティック・ミュージックの演奏で、自然音がサンプルやトリガーとされているもので電子変調の様が分かることもある。
逆にいくつもの正弦波を重ねただけの単純な結果が、取り付く島がないくらい複雑な様子になることもある。
ヒトの認知能力がどの程度の変化量で次の段階に移行してしまうのか、という問題もあるがブラックボックスとして対応せざるを得ない感覚対象があることは、現実に間違いないだろう。
必要があって電子回路を組んでもらうことがあるが、そのときに技術者に電気の流れは一体どういうものか喩えてくれというと、水の流れのようなものだと言われたことがある。
そう聞いてもピンとこない。
昔、無線の専門家にサウンドインスタレーションの仕組みを話した後、あなたならどんなアイデアがあるかと尋ねた。
彼のアイデアは球なり水の噴射を回転する弁にぶつけ、それを複数のレセプタに振り分ける仕組みを語った。
これは放送の発信と中継、受信を模した発想で空間を扱っている。
これを聞いて彼の実空間の捉え方が理解できた気がした。
専門家がその世界に留まって電子楽器を作ったら面白くないものになるだろう。
どこかに歩み寄る小路があるのだ。ここが興味深いところである。
技術者にとっての明解な世界と愛好家の曖昧な世界。
この2つのブラックボックスの中でどんな風に景色は繋がっているのだろうか。
鈴木氏の自作の不安定変換回路の論理には、現実のどんなものが反映されているだろうか。
個人的に大変興味のあるところだ。



注目すべき人々との出会い・第3弾                  
【鈴木 學・オーバーホール】出演:鈴木學 角田俊也
内容・今井和雄トリオ、RPGなどで活躍する電子工作音楽家、鈴木學をオーバーホール!
氏の自作電子楽器のデモンストレーション、およびコンセプトや音楽観などを独自の視点で解体・構築するまったりトーク企画!
電子工作が一体どういう仕組みで動くのか、というようなことを平たく解説していただいたり、音楽趣向などについてもお聞きしようと思います。
ソロ演奏あり。
日時・5月22日(土) 午後7時 開演 
入場料 1500円+1ドリンク
ループライン 千駄ヶ谷
http://www.loop-line.jp/top.html
東京都 渋谷区 千駄ヶ谷1・21・6 第三越智会計ビル B1階 
電話・03 5411 1312